YOSHIKI(よしき)幼少期からはじまる数々の伝説

雑学

ふと、昨日のことなんですが、YouTubeで調べものをしていた時に、XJAPANよしきのすべてと目に留まるものを見つけてしまいそこから2時間も見入ってしまいました。

XJAPANのファンであるわたしでも、全然知らないことがたくさん描かれていて、ファンのため、またXJAPANに興味をもってもらうため今回この記事を書きました。

 

知られざるYOSHIKIの過去

苦悩

なみだ

 

を書いていきます。

X JAPAN YOSHIKI幼少期

二人兄弟の長男として生まれた林佳樹(本名)

実家は何不自由のない家庭で育ったよしき、小さい頃よっちゃんと呼ばれていたよしきですが、小さい頃はな、なんと体が弱かったそうです。

 

今現在のYOSHIKIを見る限り信じられませんが、小さい頃は、小児喘息や入退院の繰り返しで、親としてはいつか死んじゃうんじゃないか、そうとうな虚弱体質だったみたいです。

病弱なYOSHIKIを愛して病まない父親

小さい頃の時にとても可愛がってくれたのがお父さんで、若い頃はタップダンサーであり、ジャズピアノを弾いたりと

今考えれば、かっこいいお父さんだとYOSHIKIは語っていました。

 

YOSHIKIのお父さんは幼いよしきに、毎日がクリスマスのように沢山のおもちゃを買ってきてくれ、とにかくYOSHIKIを可愛がりました。

学校も送り迎えしてくれ、休みの日には釣りに出かける

YOSHIKIは、そんなお父さんをもちろん大好きでいました。

音楽の才能は4歳で生まれた

4歳からピアノを始めたYOSHIKIは、メキメキと上達しました。

もちろん大好きな父に喜んでほしくて、夢中で鍵盤をたたき練習していたそうです。

お父さんは、クラシックのレコードをたくさん買ってくれた

お父さんは、レコード以外にも誕生日のたびに、新しい楽器をYOSHIKIにプレゼントするほど音楽を応援してくれていました。

小学校に入学したYOSHIKIは、父と過ごす時間が健康になってきたこともあり、自然と増えていきました。

 

ドライブに連れて行ってもらった時にロールスロイスが好きな話

タップダンスの話

日本刀の話

大好きな父が、小学生の頃には憧れの存在とかけがえのない存在になっていました。

お父さんとの突然の別れ

YOSHIKI10歳小学5年生の夏休み

前の日にお父さんが帰ってこなかった記憶があるが、いつものように学校に出かけ、友達と別れたよしきはいつものように家に帰った。

そこからの記憶は曖昧だと言う。

帰った家は、いつもと違う雰囲気だった

 

ただならぬ空気をよしきが感じ、部屋の奥へ奥へとよしきは進み、歩いていった。

奥の部屋で親戚たちが集まり、親戚たちの囲んだ布団の奥には 父がいた。

 

死んでいる

 

YOSHIKIは、自然と理解したと言います。

YOSHIKIは、突然すぎて呆然とし、とにかく泣きじゃくり暴れまくり、父にしがみつき抱きつきました。

YOSHIKIロックとの出会い

YOSHIKIは、夏休みが終わると自分は長男弟もおるし、母もいる。

自分がしっかりしなくてはいけない。

 

そう考えながら、夏休み後の学校に通いました。

父が亡くなった後、母は休みの日にはどこかに連れて行いき、 父がいないように、母は振る舞い、明るくよしきに接しました。

間違いなくお母さんはつらかったんじゃないかと思います。

あるレコードとの出会い

お父さんが亡くなった後も母はよしきにレコードを買っていいと、お小遣いをくれていました。

レコード屋によく遊びに行くよしきは、いつもの通りクラシックコーナーでレコードを見ていました。

 

そこで目にしたのが

キス

家に帰り興味本位で手にしたキスのレコードを回すYOSHIKI

この時衝撃が走ったそうです。

幼少期から病弱だったよしきは

 

病室の壁ぶっ壊せる!

殻をぶち壊せる!

そんなような体にイメージ、衝撃が走りロックにのめりこんでいきます。

 

父との思い出を封印したYOSHIKIをロックが解放してくれた

母にせがみドラムセットを買ってもらったYOSHIKI

毎日のようにドラムを叩いたそうです。

何かを忘れるため

 

何かに進むために

ロックにのめり込んでいたYOSHIKI、けれども、ロックの話が合う友達などこの年代ではいなかった。

そんなYOSHIKIの前に現れたのがトシでした。

 

たまたまロックをしていて、ギターにのめり込んでいたトシとYOSHIKIは自然の流れで、もちろん中学校からバンド活動をはじめる。

初めてのバンド名ダイナマイト

これがX JAPAN の始まりである

私(俺)が買ったはじめてのCD

わたしが初めて買ったCD は X JAPAN の紅でした。

小学校5年生の時に紅の CD を買いロックってこういうもんかと感動したのがX JAPANのCDでした。

 

もちろん小学校5年生でロックとは何なのか、そんなことは分からなかったけども、YOSHIKIと一緒とはおこがましいですが、わたしの中にも衝撃が走り、何か体の中で激しい熱いものを感じたことは、今でもよく覚えています。

YOSHIKI の伝説はこの幼少期から始まったんですね

 

XJAPAN結成

1986年にはYOSHIKIの誘いでギターのHIDEも参加し、伝説のバンドへとスターダムを駆け上がりました。

 

HIDEが「X をやっていたのはYOSHIKIの魅力によるところが大きかった」と語る当時の肉声も公開されています。

そして、日本の音楽シーンをのぼり詰めたX はX JAPANと改名しました。

 

しかしその後、数々の悲劇がYOSHIKIを襲います。

ベース・TAIJIへの解雇宣告

世界レベルを求められながらも思うように言葉の壁を超えられないトシは洗脳団体と出会い、そして脱退、X JAPANは解散。

その時、「新しいボーカルを見つけたらまたX を再結成して、全米デビューを果たそう」としながらも5ヶ月後にこの世を去ったHIDEとの別れ。

 

激動の人生を振り返り、スペシャルライブではバンドの再結成を願った気持ち、リーダーとして語った全てのことを音に乗せ、涙ながらに「ENDLESS RAIN」を奏でスタジオの涙を誘いました(わたしも泣きました)。

今なお、日本だけでなく海外で挑戦を続けていくYOSHIKIがテレビで初めて語る自身の物語

 

ぜひ一度ユーチューブにアップされていますので見てみてください。

まとめ

X JAPANが好きなわたしは、今回の金スマの放送を見て新しいYOSHIKIの側面を知ることができて、さらにファンになってしまいました。

現在わたしは30代ですが、 X JAPAN という夢を追いかけ続けているYOSHIKIにまた感化され、わたしの小さなメディアであるブログを日々書いていき

 

目標を達成させたいと改めて決意しました。

今回のネタ元のYouTubeを張り付けておきます↓↓

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